文 マンティー・チダ
体操天皇杯第76回全日本体操個人総合選手権は4月24日に男子決勝が行われ、橋本大輝が鉄棒で大技のリューキンを成功させるなど、圧巻の演技で大会連覇を達成した。
東京五輪出場組の得点が伸び悩むなかで、日本体育大学の土井陵輔が3位表彰台を獲得。Eスコアで高得点をマークした若手有望株が男子体操界に新風を巻き込んだ。
1組スタートだと目立つので、あまり目立ちたくないですから
予選7位からジャンプアップして3位に入った土井は、少し硬い表情をしながら個人総合の表彰式に臨んでいた。
「緊張しました。個人総合では初めて表彰台に乗りましたので。前に立った時、ずっと足が震えていたのですが、立ってみたら結構いい眺めでした」
土井は、恥ずかしそうに表彰式のことを振り返る。しかし、演技の方は、「まさかの3位だった」と驚きを持ちながら、出来栄えを示すEスコアが軒並み8.5点を超えるなど、持ち味を存分に発揮した。
土井は、決勝の前日に行われた予選を7位とし、決勝では2組でスタートを迎えていた。「本当は1組で回りたかった」と本音を明かす土井だが、この2組スタートが土井にとっては大きなアドバンテージとなる。
「予選では岡(慎之助)が僕の上に来て、2組に落ちてしまったのですが、それでよかったと思います。1組だと目立つので。あまり目立ちたくないですから」と続ける。
「緊張はしなかった」とした土井。最初のあん馬をノーミスで乗り切ると、跳馬、平行棒、鉄棒で14点台中盤を続けた。「鉄棒は点数が残るとは思っていなくて、ラッキーでした」と話す土井は、ゆかでも14.466で高得点をマーク。「ゆかは狙い通りの点数を取れたので嬉しかった」とゆかには手応えを十分に感じていた。
自分の演技に集中するようにしていました
今大会は、シーズン最初の試合でルール改正も重なって、新技にトライするなどから、ケガをする選手や失敗する選手が多くいた。そんな状況下にも関わらず、土井は「緊張はしませんでした」とする。
「ケガなどは仕方がないと考えていて、あまり意識せずに自分の演技に集中することを考えていました」と土井はあくまでも平常心を貫いていた。
先程も触れたが、土井の持ち味は「Eスコアの高さ」。つまり「美しい体操」である。
「ジュニアの頃から基礎練習を徹底していました。多くの先生から『きちんと演技をすれば点数は取れる。Eスコアを取れる』とアドバイスをもらっていましたので、自分の演技をすることだけを考えていました」と土井は話す。
そして、土井にとって心の支えになっているのが、リオデジャネイロ五輪団体金メダルメンバーの白井健三コーチである。「あんたの持ち味は笑顔だよと。笑っていないと良い演技は出来ないと言われていました。体操のことよりは、落ち着かせてくれる、安心できるような先生です。メンタル面ですごく助けてもらっています」と土井は白井コーチに感謝した。
土井は、第1回世界ジュニア体操競技選手権大会において、Tokyo2020金メダルの北園丈琉や今大会で負傷するまで2位に付けていた岡慎之助とともに団体で優勝を成し遂げていた。いわば、若手では有望株の一人なのである。
「自分の演技はEスコアの高さが持ち味。メンタル面では消極的になる事がある。そういうところは(岡)慎之助や(北園)丈琉に負けていると思うので、もっと白井先生にメンタルを鍛えてもらいます」と笑いを誘いながら、今後に向けての抱負を語った。
水鳥寿思男子体操強化本部長は「パリに向けては橋本大輝だけではない力がどんどん出てきている」と土井をはじめとした若手の成長に目を細めていた。
岡が跳馬と平行棒の着地で膝を負傷し、途中で棄権することになったことから、ケガ無く演技を終えることの重要性も必要だ。いずれにしても、パリに向けて男子体操界が若手・中堅・ベテラン問わず、混戦模様になってきたのは間違いない。