文 マンティー・チダ
第76回全日本体操種目別選手権大会決勝が6月20日に東京体育館で開催。大会終了後には、イギリス・リバプールで10月29日から開幕する世界選手権の日本代表が発表された。
5月のNHK杯男女上位3選手(橋本大輝、神本雄也、土井陵輔、宮田笙子、笠原有彩、山田千遥)は代表内定。男女とも残り2枠については、全日本個人総合予選・決勝、NHK杯、全日本種目別選手権予選・決勝の計5試合で、種目別で上位となった試合の得点平均からチーム得点を算出(男子3試合、女子2試合)。先に選ばれた3選手との組み合わせでチーム得点が最高となる2選手が代表に入る仕組み。
男子は、Tokyo2020日本代表の谷川航、航の弟で2019年にドイツ・シュツットガルト世界選手権に出場した谷川翔が代表入り。女子は、跳馬とゆかの貢献度で坂口彩夏、段違い平行棒で上位2試合、平均14点台をキープしていた深沢こころが選出された。
ミスなくコンスタントに良い演技を出せるように
男子は、谷川航と谷川翔が残りの椅子を獲得し、兄弟で世界選手権代表入りが決定。ただ、種目別選手権決勝が行われた東京体育館を大いに沸かせていたのは、谷川兄弟と激しく最後の椅子を争っていた杉野正尭である。
5月のNHK杯では惜しくも5位に終わり、世界選手権代表内定を手中に収めることはできなかったが、鉄棒とあん馬で高得点をマークし、種目別ではこの2種目で1位としていた。
谷川兄弟が種目別選手権予選終了時点で代表争いをリードしていたが、杉野があん馬で会心の演技を見せたことから雰囲気が一変。
「試合が始まる前からすごく冷静で、程よい緊張感の中で演技をすることができた。演技をしているときはすごく気持ちよかったですし、種目別で優勝はしましたけど、結果よりも自分が出したい演技をだせたことが一番うれしかった」
種目別決勝のあん馬で、杉野はただひとり15点台となる15.033をマーク。杉野の得点表示が出た瞬間、会場はざわついた。
最終種目の鉄棒で「14.700を出せれば代表」と聞いていた杉野。難度の高い技をそつなく決めていくが、最後に落とし穴。降り技を失敗して13.800としたことで、杉野は世界選手権代表入りを逃すことになった。
「僕自身、何が起こったのかわからないのが率直な感想。降り技は練習で失敗したことが無かったので、この本番で失敗が出てくるという事は、まだまだ自分自身の弱い部分でもあります。強くならないといけないと改めて感じることができたので、僕にとって今回の成長だと思いました」
杉野は試合後の記者会見でこの様に切り出し、自分自身で整理がついていない状況ながらも、今回の失敗も成長だとする。
2021年のTokyo2020代表選考においても土壇場で北園丈琉に明け渡しており、杉野は2年連続で最後に代表の座を逃がすことなった。しかし、杉野は「パリ五輪団体金」へ向けて切り替えを強調する。
「全日本個人総合予選・決勝からNHK杯にかけて、得意のあん馬と鉄棒で得点をとらないといけないところでミスや得点を取り切れていない部分もありましたので、これからは全日本個人総合予選・決勝、NHK杯とミスなくコンスタントに良い演技を出せるようにやっていきたい」と杉野は演技の安定性を課題とした
あん馬をしっかりやってほしい
「(杉野は)鉄棒で14.7以上とすれば代表に入ることが出来ました。彼は、あん馬、跳馬、鉄棒の貢献度で代表に入ろうとしていました。あん馬と鉄棒は不安定な種目なので、そこをきっちりやってもらえるというのは、チームの要だと思っています。彼には相当なポテンシャルがありますけど、演技構成が難しい。それをまだ自分のものにできていないので、しっかりやればチャンスはあると思っています」
水鳥寿思男子体操強化本部長は、最後まで代表争いに加わった杉野の可能性に言及。さらに「あん馬をしっかりやってほしい」と本人に伝えていることを明かした。
「いつの時代もあん馬のスペシャリストが必要になる。今季は鉄棒に強い選手が揃っているので、あん馬を継続的にやることがパリに繋がるのではないか」と杉野のあん馬が日本の救世主になることに期待を寄せている。
今回の結果は杉野にとって悔しい結果に終わった。しかし、日本チームの弱点でもある、あん馬のスペシャリストになることが杉野にとっては追い風となる。世界選手権に選出された選手の得点を確認すると、谷川翔以外は最高でも平均14点中盤であり、あん馬で15点台前半を安定して叩き出すことが重要となる。まさに、杉野自身が課題とした「演技の安定性」が代表入りへの近道となるはずだ。