文・写真 マンティー・チダ
日本代表が強ければ世間から必ず注目を浴び、日本代表がどんどん強くなればじわりじわりと世間から注目を浴びる。
男子バスケットボールは長らく世界の檜舞台から離れていたが、2015年にプロリーグのBリーグ開幕以降、2018年には渡邉雄太、2019年には八村塁が世界最高峰のプロリーグNBA選手になり、日本代表としても2019年に13年ぶりのワールドカップ出場を果たし、そして東京オリンピックも出場権を獲得することができた。
ではこの先、もっと日本代表が強くなるためにはどうすればよいだろうか。
それは育成世代を強化する以外、選択肢はない。
BリーグはU15カテゴリーを新設し、育成世代の強化を進め、この世代で成果を出しているチームがある。
そのうちの一つがアースフレンズ東京Z・U15だ。
BリーグU15チャンピオンシップ2018では、設立わずか3か月ながら3位に飛び込むと、今年1月に行われたBリーグU15チャンピオンシップ2020でも3位と結果を残した。
このU15カテゴリーでヘッドコーチ兼アカデミーコーチを担うのが岩井貞憲(いわいていけん)氏。
創設初年度から指揮を執り、現在3シーズン目に突入している。
岩井HCが育成世代を担う上で、どのようなアプローチをしているのだろうか。
シリーズ【育成世代を追う】と題して、連載をしていくことにする。
第1回目は練習を視察後、岩井HCに現在の心境や指導に対する考え方をたっぷりと語ってもらった。
コーチと選手たちの間で考え方の差を無くすことが必要
アースフレンズ東京Z・U15は現在13人の選手が所属している。
「選手は多く入れず、ひとりひとりよく見てコミュニケーションをとれるように」という方針からこのような構成となっている。
練習を見ていると、ここには本当にバスケットボールが好きな少年がやってきているのかと実感させられた。
「選手の強みや弱みを把握して、それぞれの側面から伸ばしていく。体つきを見るとこれで中学生なのかと思いますが、中身は本当に中学生で若干幼い部分がありますね」
岩井HCは、選手たちにこのような方針で接していた。
練習の合間でも選手たちを集めて、それぞれの強みを発揮しやすいシーンがあれば、それを該当の選手へ伝えていた。選手たちはHCの言葉を胸に鍛錬を刻む。
「私の言っていることが正解かどうかよりは、選手の想いを受け入れてきちんとコミュニケーションをとらないといけない」
実は練習場所である体育館の鍵を開けるところから、練習は始まっているのだ。
ミーティングが始まるまでに、選手たちはプロジェクターをセッティングするテーブルや自分たちが使用する椅子を走りながら準備しているのである。
筆者が座われるようにと、指定した場所に椅子を配置してくれた。
「どうぞこちらに座ってください」と彼らは私を誘導する。
どこにでもありそうな光景だが、初対面の大人相手に中学生がここまで世話をしてくれる。
これは岩井HCと選手との良好な関係性の賜物だろう。
「私が正しいと思って言っても、選手たちがわからなかったら意味が無いし、彼らの中で世界を持っていますから。こういうことが課題とか、お互いに認識のズレがあったりするため、それを解決させるためにもコミュニケーションは重要で、なるべくコーチと選手の間で考え方の差を無くすことが必要。大人の方がいろんなことを知っているので優位になりやすいですが、選手たちのレベルに一旦合わせて引き上げることが大事になっていくのかなと思っています」
岩井HCはコミュニケーションを最重要課題として捉えていた。
「コロナ禍の時は練習ができなかったため、定期的に個別でZOOM面談を多く実施しました。それがすごくよかったのかも」と選手たちと向き合うことで厳しい局面でも乗り越えた模様である。
判断能力を上げるためのポジションレスとリカバリー
今度は練習内容に注目をしてみよう。
筆者が視察した時は、オフェンスをメインにしたゲーム形式の練習が中心だった。
オフェンスの選手は全員3pラインから外の位置に立ち、ファイブアウトの陣形を取っていく。
トップカテゴリーでよく見られるような、ペイントエリア(制限区域)付近に選手が入るという光景はそこにはない。
オフェンスの選手たちは全員アウトサイドから単独でドライブを仕掛けるか、ピック&ロールやボールのスイッチを繰り返しながら、フリーの選手にボールを預けてシュートを打たせる、シュートが打てないとわかればパスを誰かに出すとか、そういうことを練習から実践していた。
「私たちは決まった練習をそんなにはしません。スピードやスキルの練習やドリルを毎年同じ内容ですることはなく、その時の状況や課題に対してどう練習をしていくのかを考えています」
岩井HCは選手たちに対して、常に考えることを求めていた。
判断能力を上げようとしていたのだ。
「ヨーロッパといった世界に目を向けた場合、考えなしにどんどん走るのは無理だということを話しています。だから、適切な判断をしないといけません。状況判断をする基準として、チームがどのような原則の下で、何を目的としてやっているのかを提示しないと、その判断が良かったのか悪かったのかわからない。そういうところも落とし込みしながら、どういうシチュエーションでどういうシュートを増やさないといけないのか、チームプレーの原則を話してから、判断をどうするのかというのをやっています」
そして、もう一つ実践していたのがポジションレス。
5人の選手がアウトサイドから攻めていくわけだが、どこに誰が入るというのは決められていない。
全員がローテーションで回っていく。
言い換えると、どこのポジションでもできるようにという意図も隠されている。
「私が指揮してきた3シーズンで積み重ねてきたものとして、唯一形あるものだと思います。ファイブアウトはポジションのコンバートやポジションレスに適しています。もっと適したものがあればそれを使うと思いますけどね」
ポジションレスにすれば、様々なポジションを知ることができる。
つまり、うまくいかなかったときのリカバリーやヘルプにも繋がっていくのだ。
「ドライブでリングに向かってアタックする選手の後ろをついていき、シュートが外れた場合はオフェンスリバウンドでサポートすることなどリカバリーの動きは大事にしています。バスケットボールの場合、何があれば次に何かがあるということが他のスポーツよりも色濃く出てしまいます。いわゆる転換する部分です。シュートを打てば終わりではなくリバウンドに行くとか、パスをすればそれで終わりではなくどこかへ動いてシュートを打つとか、何かしたら次のドリルをするということは普段の練習から実施しています。次に切り替えができる様に持っていくことが大事だよという話をしています。そういうドリルも数多くやっています」
岩井HCは、このようにコート上におけるスキルやコミュニケーションを様々な動きから、選手たちにアプローチする。
練習前のミーティングでは、自チームの課題の振り返りや
そのミーティングの最後には、元メジャーリーガーであるイチロー氏の名言を用いながら、うまくいかないときにどううまく向き合っていくかの重要性を説く。
「苦しい作業だけど」と岩井HCは本音を明かすが、一方で自分を見つめ直す時間でもあるとした。
ここに集まってくる選手たちは、中学生であるため伸び代があって成長も早い。
育成世代だからこそ、学ぶべき時期にきちんと学べば、正しくステップアップができるはずだ。
これからの男子バスケットボール界は育成世代をどのように成長させるのかがカギとなるのだ。
こうして様々なアプローチからアースフレンズ東京Z・U15を率いる岩井HCの育成方法は今後も注目をしていきたい。
10月30日、11月1日にはアダストリアみとアリーナで開催される「B.LEAGUE U15 CHAMPIONSHIP 2020」にアースフレンズ東京Z・U15も参加する。
選手たちの成長ぶりと岩井HCの想いを再び確認してみようと思う。